2025年7月2日(水)〜7月3日(木)
  [ 活動報告 ]
               関西蔵前テニス同好会・若狭遠征(第16回)

 2025年7月2日(水)~3日(木)、合計で16回目の若狭への遠征合宿を行った。 最近は加齢に伴い様々な事情で参加できないメンバーが多く、今回は6名の参加だった。

 参加メンバーは兵庫県から原さん、長井さん、宮後さん、奈良県から堀さん、そして 芝﨑に加え同好会メンバーではないが、京滋支部の久保田さんが今回も参加した。

 今年は観測史上最早の6月末に梅雨明け宣言があり、永く厳しい暑さを覚悟する必要が ある。当日の出発時、蒸し暑いながらも曇天で、かんかん照りでなくて幸いと思ったが、 若狭が近くなるにつれて日差しが増し、テニスを開始する頃はかなりの気温になった。

 兵庫県組は宮後さんの車、その他3名は小生の車で「道の駅・若狭熊川宿」に11時半 過ぎに集合した。途中のコンビニで各自の昼食を購入、原発で有名な美浜町運動公園内に あるテニスコートに向かった。いつものようにコート脇ベンチで昼食を終え、久保田さん を除く5名(堀さんは短時間)で、12時45分から約2時間テニスを行なった。

 14時半過ぎにテニスを終え、途中のいつものスーパーで酒類その他を購入し、常神半島・ 小川漁港の料理旅館「翁館」に移動した。すでに2Fの一室には「若狭の戦い」に備えた 「戦場」の準備がなされていた。

 早速、冷えたビールで乾杯し、漸次風呂に入ってテニスでたっぷりかいた汗を流したが、 運動後に飲むビールの味は格別だった。一段落してから隣の部屋の戦場で、久保田さん、 長井さんを除く4名で、夕食までのしばらくの間「麻雀・若狭の戦い」を開始した。

 18時過ぎに待望の夕食となった。「豪華舟盛り」を前に全員で記念写真を撮った。毎度の ことながら「鯛やヒラメの舞い踊り」を中心に、新鮮な海の幸を味わう瞬間は「至福の時」 である。取れたての魚介類の味は格別で、都会では決して味わえない価値がある。

 夕食後「若狭の戦い」を再開した。24時くらいには初日の戦いを終えるはずだったが、 激戦が続いて戦士4名の就寝は24時を遙かに超えた時刻となった。 翌日8時に朝食をとり、11時近くまで「戦い」を継続した。終了後宿泊費を含む今回の 遠征の諸経費、並びに「激戦の戦果」(+-は個人情報にて㊙)をすべて精算した。

  11時過ぎに宿を出発し、三方五湖近くの梅干しが中心の土産店に寄ってから、熊川宿の 旧街道沿いにある伝統の蕎麦店(ひのきや)で「辛み大根・おろし蕎麦」を味わった。 歴史ある若狭熊川宿については「道の駅」の一角に資料館があり、かつては若狭と京都を 結ぶ「鯖街道」の中心だったことが詳細に説明されている。この「ひのきや」での昼食後、 今回の遠征計画をすべて終了し、2台が分かれそれぞれの帰路についた。
                               記 芝崎昭夫(S45応化)


俳人久保田さんがテニスのプレーを見て読んだ3句

  昼日中ラケット振つて汗まみれ

  炎天下熱球追つて天仰ぐ

  大旱(おおひでり)硬球打つて意気軒昂

                 久保田耕晴  

[ 参加メンバー ]
      原且則(S43電気)、久保田耕平(S43建築)、長井史夫(S45生機)、宮後彰(S48電気)、芝崎昭夫(S45応化)、堀学(S51経営)の合計6名

     
[ スナップ写真 ]
  [ 全員で撮影 ]
 
酷暑のなかでのプレ後とはおもえないすがすがしい雰囲気での集合写真
   
   豪華な海鮮を目の前にして、我慢の集合写真 ♪かんぱーい♪
 
<俳人 久保田さんの題材集めのスケッチ>

   
  この地区の鎮守様 小川神社 
   
  小川の浜の風景 
   
   
   夏の陣の戦いの様子
   
      以上    
    写真:宮後 彰(S48電気)  HP編集:堀 学(S51 経営)    
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