平成24年度関西蔵前午餐会(7月3日、火曜日) 於:中央電気倶楽部

 

演 題:アマチュア・オーケストラ讃歌

講演者:岡山県支部 陶山靖彦 ( S35繊維、元(株)クラレ )

 

講演の要旨: 本講演は東工大入学後、学友会管弦楽団に入った時から、社会人となって倉敷レイヨン株式会社(現、株式会社クラレ)に入社後、岡山市の交響楽団に所属し、その後、倉敷市の好樂の仲間とともにアマチュア・オーケストラ、倉敷室内管弦楽団(現、倉敷管弦楽団)を設立し、活動が軌道に乗るまでの十数年間を運営委員長として楽団の運営を担当した一人の技術屋アマチュアヴァイオリン弾きの夢と志、エピソードや苦労話などをスナップ写真のように、短歌の形式にしてまとめたものです。

 

はじめに:  倉敷市に素晴らしいオーケストラを作りたいと思ったきっかけは、入社の面接の折に、大原總一郎社長と話題が音楽のことになり、社長が倉敷市にも良いオーケストラが欲しいね、というようなことを話されたことでした。

 

倉敷では幸いにも素晴らしいアマチュア演奏家と熱心な専門家に出逢え、私はマネジメントを担当して、今日の倉敷管弦楽団の基礎を築くことができました。管弦楽團は数十人から百人もの高度の技能を持つ者の集団ですから、

楽団の運営には演奏技術ばかりでなく、マネジメントの考えが必要です。

それは日本語の管理とか運営ではなくドラッカーの言うマネジメントの概念です。すなわち、アマチュア・オーケストラにとって真の「顧客」とは誰か? 

「商品」(その顧客に提供する価値)とは何か? どんなレベルか? そして、

その価値ある商品を作り提供する「手段と方法」は何か? どんなレベルか?

を、きちんと定義すること、という基本から手がけて行きました。もちろん、

こんなカタイ言葉は使えませんから、日常語に翻訳して進めました。

     

アマチュアオーケストラにとって大切なことは、1FH と思います。

1にFoot、よく動くこと。(誰かがやってくれるだろうと、ジッとしている

人は困ります)

2にHeart、音楽の感受性と暖かい心。 (何か気に入らないことがあると、直ぐイライラ、カリカリ来る人では良い音楽になりません)

3にHand、つまり演奏技術。(楽しんでマスと言ってレベルアップを心がけないシロウトさん、あるいは専門家は、いずれも失格です) 

4にHead、よく勉強し研究すること(過ぎると、理屈が先走って迷惑ですが)

1)オーケストラとの出会いのきっかけ

東工大に入学して早々に学友会の紹介があり、階段教室でいろいろなクラブの先輩が入れ替わり立ち代わり入部勧誘のPRをしていました。さて、「学友会管弦楽団」のいきなり、フルートを取り出して吹き始めました。「わっ、すごい。ドップラーだ!」

テクニックの難しいことで有名な「ドップラー作曲、ハンガリー田園幻想曲」。

日本の尺八を思わせる美しいメロディを吹き終えると、あまり宣伝もしないで行って

しまわれました。「オーケストラは音が大事。お喋りは不要」ということでしょうか。

音楽好きの新入生のドギモを抜いた、この唯音無言のフルーティストこそが穴原明司先輩だったのです。この意表を突く勧誘が功を奏したのか、31年度入学生は、楽器経験者・未経験者合わせて、ナント13名!が入部しました。

新入りは野球のタマ拾いのごとく、手書きの譜面写し(写譜)で鍛えられました。当時は、まだ青焼きのコピーもなかった時代です。機械製図の墨入れのように、総譜あるいは借りてきたパート譜からペンで自分のパート譜を書き写すのです。

見辛い! 汚い! 間違っている! これでは譜がめくれない! 等と、先輩から

きつい指導を受け、その度に書き直しました。

     穴原先輩の学生時代のエピソード

モーツァルト作曲:フルートとハープのための協奏曲

フルート:穴原明司、 ハープ:山越裕子(N響)

#「親指のマメの潰れて痛々し フルート・ハープの猛練の跡」


2)倉敷レイヨン株式会社に入社 

研究室の就職担当の教授から、陶山は音楽が好きだから音楽に造詣の深い大原社長の会社がいいだろうといわれ、倉レに就職することになりました。

赴任した倉敷市では直ぐ地元の音楽専門家と親しくなり、オーケストラに入らないかと誘われ、OKしましたら、なんと、NHK岡山放送交響楽団! しかもファースト

ヴァイオリンを弾けといわれて「これはエラいことになった」。それで、岡山市で最も

良い先生と定評のあった先生(革命を逃れて日本にやってきた、白系ロシアのヴァイオリニスト、コハンスキーに師事された方)について、基礎からやり直しましたが、これが一生の財産になりました。

3)倉敷室内管弦楽団(現、倉敷管弦楽団)の設立

昭和48年、アマチュアですが若い優秀なヴァイオリン弾きが、家業の造り酒屋を継ぐために倉敷市に帰ってきました。早速、倉敷市に管弦楽団を作ろうということになりました。そして、音大・芸大卒の専門家と学生オーケストラ出身のアマチュアの協力による、高い水準の管弦楽団をめざし、私は運営委員長を担当しました。 大原社長はこのとき既に故人となられていましたので、楽団の設立とその後の活躍を見ていただくことができなくて残念でした。

アマチュア・オーケストラ讃歌 (短歌の形式による記録)

――― 運営委員長の気苦労と遣り甲斐 ―――

 

「雀百まで踊り忘れず」

 ♪ アマチュアで交響曲ができるほど素晴らしきことはなきかな。

 ♪ 音楽と物理学とに少年の心を残し喜寿を迎えぬ。

「バッカスとともに」

 ♪ 音楽の後に酒ある喜びと 音楽のある酒の楽しさ

 ♪ 公演は何のためにと聞かれれば ビールおいしく飲むためという。

 

【第1楽章】 東京工業大学管弦楽団に入部

「運命的な出会い」

♪ 初めての交響曲が かの「運命」 ヒマラヤにでも登る心地す。

   「新人の鍛え方」

♪ 野球なら球拾うごと 新人はスコアを買って まず写譜をする。

♪ 慣れぬ手で書きたる故に読み難く 写譜し直せと言われる悲しさ。

「オケにドップリ漬けられて」

♪ 合宿は 昼までパート 午後分奏 夜は総合 寝ては夢見る。

「弦楽器を手作りする学生たち」(マイスター無量塔蔵六氏の工房)

♪ このオケは自作楽器の使用率世界一だと部長挨拶。

♪ この楽器 ストラディヴァリに近づけと 木を古くするガス処理をする。

「練習室“つのぶえ”」(初めは本館8階で、その上は登山部)

♪ 風に乗り 桜の花びら入り来る 妙なる音に惹かれしごとく。

「東宝映画「この二人に幸あれ」のエキストラ」(音無しの演奏)

♪ アテレコで 曲に合わせてホルン吹く 三船敏郎 プロも顔負け。

【第2楽章】 NHK岡山放送交響楽団への入団

# ときどきJOKKのラジオオンエア本番があり、緊張しました。

「名手、達人、迷人、奇人さまざまのプロ・アマ混成オーケストラ」

♪ 提琴は手で持つならば 膝で持つチェロを膝琴と訳す人あり。

【第3楽章】 倉敷室内管弦楽団の設立(運営委員長となる)

「紳士であれ、レディであれ、文化都市倉敷市のオーケストラであれ」

♪ 大切に アマチュアオケの爽やかさ 訪れた時 立ち去った後。

♪ 演奏は 響きとともに姿勢良さ 澄んだ眼差し 伸びやかな腕。

♪ 故社長の心を汲みて 楽団を育ててゆかん 倉敷の地に

「ランパルとの共演」

♪ ランパルと夢の共演実現す 鍛えし弦の響き美し。

倉敷管弦楽団の運営の特徴

 

オーケストラの維持には金がかかり、どの楽団でも運営委員長の最も苦労することです。

毎週1日の練習と年に1回の定期演奏会をするには、ホールの使用料、練習室の使用料、

楽譜のコピー代、公演のチラシやポスター、プログラムの印刷代、公演当日の弁当代及び

諸経費などで、最低でも50万円くらいかかります。収入の方は、入場券1,000円で、観客を500人集めて50万円ほど。これでトントンというところですが実際の運営にはティンパニやコントラバスの購入が必要ですし、プロの演奏家を頼めばそれなりの謝礼金が必要ですから、ほとんどのアマチュアオーケストラでは団員から年会費を集めています。

月割で1,000円ずつとして、団員50人なら年に600,000円の収入です。

 ところが、アマチュアだけのオーケストラならば問題にならないことですが、専門家とアマチュアの混成オーケストラでは、優秀な専門家からは会費を貰いにくいという状況があります。逆に、専門家から年会費を貰わないことにすると、専門家より高い演奏技術を持っているアマチュアもいるので、やりにくいのです。こういうことが始めから分かっていましたので、私たちの楽団では最初から年会費なしでやることにして、演奏会を開いて出演料をもらい、それを楽団に収めて運営資金にしようと考えました。「経費はコンサートで稼げばいいじゃないか」こんな考え方で始めたアマチュアオーケストラは聞いたことがありません。小・中学校から「音楽教室」としてオーケストラの演奏と楽器紹介のコンサートを頼まれることがありましたので、その拡販宣伝を積極的にやろうというわけです。

それから、ピアノの専門家の「一生に一度はオーケストラをバックにして華やかな協奏曲を演奏したい」という夢を叶えてあげることでした。また、「オーケストラの伴奏付きでオペラをやりたい」という声楽家グループの夢もあり、これを実現することもしました。

このようなコンサートを年に4、5回、定期演奏会の合間にやれば、年会費や寄付金、補助金がなくても金のかかる楽団が運営できます。この潤沢な資金で、定期演奏会には一流の指揮者や演奏家を招聘して、我々の夢である素晴らしい協奏曲を共演することができました。 このような運営の仕方にはもう一つのメリットがありました。それは、出演料をいただいても恥ずかしくないだけの演奏レベルにする、という楽団のレベル目標が明確になったことと、入団希望者に「このようなコンサートに出演可能な演奏技術をもっていること」という条件をつけることができました。 つまり、俗にいう「ゼニの取れる人」を求めたわけです。こんな高度かつハードな条件をつけたら入団希望者が少なくなるのではないかと思われるようですが、実際は正反対で、アマチュア、専門家とも優秀な演奏家が集まってきました。(周辺のオーケストラには気の毒なほど) そして、そのレベルの高さから日本の一流演奏家ばかりか、世界的にも有名な演奏家を客演ソリスト、あるいは客演指揮者として招き、地域貢献にも一役買うことができました。また、このような一流演奏家との身近な触れ合いは団員に大きな刺激となり、益々レベルアップに努めるようになるとともに、この楽団に入りたいというメンバーの増加につながりました。

今や倉敷管弦楽団は、大原美術館に代表される文化都市倉敷市にふさわしい、岡山県で最大のアマチュアオーケストラになったばかりではなく、客演していただいた多くの演奏家から、演奏活動においても内容においても日本有数の優れたアマチュアオーケストラであるとの評価を得ています。

 

つぎに特に思い出深い演奏会のいくつかを紹介いたします。

1)世界最高のフルート奏者ピエール・ランパル氏との共演

アマチュアには「ダメでもと。庄屋の娘も言うてみにゃわからん」という独特の度胸と勇気があります。 世界最高のフルート奏者に倉敷市のような田舎都市の、しかもアマチュアオーケストラが共演を打診したのですから、全くたいしたシンゾウです。

返事は、「オーケー、日本での公演の折に倉敷にも立ち寄る」と。

ランパル氏にとっては、「大原美術館もあることだし」という程度だったと思いますが、

私たちとしては「まさか実現するとは思わなかった。これはエラいことになった」。

芸大出身のコンサートミストレスが本気になって弦楽器達を特訓しました。倉敷管弦楽団は弦の響きが美しいという基盤がこのときに出来上がりました。

この公演のプロポーズ成功ですっかり度胸をつけ、自信を得た倉敷管弦楽団は、日本の一流演奏家ばかりか、世界的な演奏家との共演を次々と実現させることになります。

ヴァイオリンの巨匠、イヴリー・ギトリス、チャイコフスキー国際コンクール優勝者

では、ヴァイオリンのチェボタリョーワ、ピアノのオプチニコフなど。 

2)「チャイコフスキー国際コンクール優勝の熱演と感激を岡山の地で再現する」

このようなコンセプトで企画したコンサートで、私のマネジメントした演奏会では最高のものでした。ピアニストは1982年チャイコフスキー国際コンクールピアノ

部門の優勝者、ウラディミル・オプチニコフで、チャイコフスキーのピアノ協奏曲。

指揮は楽団創設の仲間である団員指揮者。会場は岡山市の岡山シンフォニーホール。

この年がちょうど楽団設立30年に当たり、私の思いでは彼の晴れ舞台のプレゼントでした。収容人数2千人のこのホールほぼ満席の聴衆に感動したオプチニコフ氏は、

二十数年前のモスクワでの熱演を再現する素晴らしい演奏を聞かせてくれました。

 

倉敷管弦楽団には他のアマチュアオーケストラでは持っていない素晴らしいことがあります。それは、團伊玖磨氏が作曲し倉敷管弦楽団が初演した「管弦楽のための高梁川」という曲で、郷土の美しい川と豊かな自然と文化の素晴らしさを讃えた曲です。

自分たちの楽団のために作曲された曲を作曲者自らの指揮で、自分たちが初演しました。

 

     音楽をこよなく愛し、音楽する人を親しき友とし、

ともに音楽することを生活の楽しみとし、

よい音楽を作ることを人生の喜びとする人々、ここに集う。

講演の余録  ヴァイオリン演奏

 

ヴァイオリンを演奏してほしいという、企画担当の方からの強い要望により、引き受けましたが、伴奏ピアノ無しでは音に厚みがなくなりますので、カラオケ方式が使えないかと工夫してみました。カラオケ方式とはCDラジカセをバックにして、CDに合わせて弾くという試みです。

 

1)巨匠の弾くピアノの市販CDを、“畏れ多くも”カラオケに使う方式。

演奏する曲:バッハ・グノーの「アヴェマリア」

ピアノのCD:スヴィアトスラフ・リヒテル演奏

バッハ作曲:平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番「プレリュード」

このアヴェマリアの曲は、バッハのプレリュードが分散和音になっていることに着目

したグノーが、“器用にも”これを伴奏にして美しい旋律と歌詞を付けた歌の名曲です。

ところが、グノーの時代に出版されていたプレリュードの楽譜は、バッハの原曲より

1小節だけ多いので、バッハの原曲をカラオケに使うと歌とピアノの寸法が合わなく

なります。そこで問題の歌の1小節を抜いて弾くことにしました。歌の曲としては、少々モノたりなくなりますが、なにしろ巨匠リヒテルの素晴らしい演奏に乗っかって弾くわけですから、いい気分でした。

 

2)ピアノの伴奏譜をデジタルピアノにインプットし、これをパソコンに取り込んで生CDに焼きつけ、このCDCDラジカセにセットしてカラオケに使う方式。

演奏する曲:メンデルスゾーン作曲「歌の翼に」

この伴奏譜も1箇所以外は全て分散和音ですので、乗りやすい曲です。

 

3)最後に、カラオケ伴奏なしで、季節の歌を1曲

演奏する曲:中田喜直作曲「夏の想い出」


 

ずっとヴァイオリンを弾いてきたといっても、オーケストラで交響曲など管弦楽曲ばかりを、しかもTUTTI(多数で一緒)で弾いてきたものですから、何かヴァイオリンの曲をといわれて初めて、その分野の曲をほとんどやっていなかったことに気づきました。

以上